与那国島紀行〜その3「海底遺跡」

2012年01月28日

⑦グラスボートで海底遺跡

以前から私が一度は見たいと願っていた「与那国海底遺跡」。
当時はもちろんスキューバダイビングで見るつもりでした。
けれど、ライセンスを取得してまもなく10年になりますが、
潜った本数は伸びずにいまだ初心者マーク。
潮の流れが早いと言う海底遺跡ポイントでは、
じっくり眺める心の余裕もないでしょう。
そんなわけで今回は、グラスボートで見ることにいたしました。






与那国島には「もすらのたまご」ジャックス・ドルフィン号という二社二艘のグラスボートがあります。
料金は前者の方が安くて手軽ですが、私たちは後者ジャックス・ドルフィン号を選びました。
腹ばいで見るという独特の方式に興味があったこともありますが、海底遺跡の命名者新嵩喜八郎氏プロデュースの船(会社)であることが決め手になりました。
一人6000円です。

与那国二日目に乗船しようと予約しておきましたが、前日夕刻に中止連絡が入りました。
荒天のせいか、催行人数(5名)に満たなかったせいなのかはわかりません。
ただ、私たちが翌日にまだ与那国に滞在していることを確認された上での中止連絡でした。
連絡のやりとりはたいへんわかりやすく、親切なものでした。

与那国三日目の朝、8時20分頃にピックアップの車が到着。
「民宿おもろ」の女将には、「船に酔いますよ」と注意を受けてました。
遺跡に着くまでの20分弱の運行中、激しく揺れる(時もある)そうです。
ピックアップに来てくださった真謝(まじゃ)さんからも、船酔いについてのアドバイス。
でも、わたしたち夫婦は何の対策も打っていません。
たぶんだいじょうぶでしょう。

久部良(くぶら)港に着いてみると、直接港に来られた客がそこそこ。
全部で10数人になりました。
出航すると、最西端の西崎(イリザキ)の断崖を回り込むように進みます。





海底遺跡は島の南側。風は北風。
強風はさえぎられているようですが、
(だから冬場のほうが欠航が少ないと聞きました。)
さすが黒潮ぶつかる与那国島。なるほど船は揺れています。
とはいえ、冬の波照間航路(安栄観光)に比べればなんてことはありません。
波照間航路のジェットコースター状態を思いっきり楽しむ私です。

とはいえ、現実に一気に船酔いになった客も一人や二人ではありませんから、
船に弱い方は必ず酔い止め薬を用意して島へ。
その上で船酔いは気から(by 真謝さん)、と腹を決めて楽しみましょう。






客は耳に案内用の無線イヤホンをつけてデッキのベンチに腰掛けています。
波しぶきを受けながら突進するドルフィン号。
客は濡れませんが、デッキの足下では少々海水が踊っています。
そんな人いないでしょうが、高級ブランド靴で乗るのはやめましょう。






船を操り、案内のアナウンスをしておられるのは新嵩さんでしょうか、残念ながら接触の機会がありません。
真謝さんは出航の用意から客の世話まで一人で大活躍。

断崖の続く風景を楽しんでいますと、比川集落を横に見てさらに進み、海底遺跡に近づきました。
すると客は、階段を降りて下の階層に案内されます。わくわく。
部屋の写真はありませんので、ジャックス・ドルフィン号HPを参考になさってください。

二列に並んだ座席に座ると、下をのぞきこまずとも目前のガラス窓から海中が見えています。
つまり、下の階層は海の中。これは姿勢が楽です。
このあたりの深度は深くないようですが、珊瑚礁の中を行くグラスボートのような美しい景観はありません。
ほどなく遺跡ポイントに着くと、腹ばいになって反対側の窓から眺めるよう指示されます。

腹ばいになったとたん、何とカメさんが登場。
私は海中の生き物に好き嫌いはありませんが、カメだけは特別な存在。
初めてのファン・ダイビングでも、初めての海外ダイビングでもカメさんの歓迎を受けました。
今回も「よくきたねっ」と現れてくれたようで温かい気持ちに包まれます。

カメに導かれるように、海底遺跡が見えてきました。
随所に直線や浮き彫りのように見える場所が。
















初めて念願の海底遺跡を見た感想は?
そうですね、
人工の遺跡か自然の地形かの私自身の評価を決めるには、やはり潜ってみなければならないでしょう。
その地の<気>のようなものを感じるには、やはり触ってみなければわかりません。あ、私が特殊な能力があるわけではありませんよ。
微妙な言い回しになりますが、「これを遺跡だと考える人がいることは十分に理解できる」とだけ、今回の記事では書いておくことにします。

ただ、自然の岩盤の剥離や節理としては不自然な感じ、は受けました。
私の脳内で印象がまとまれば、遺跡としての考察(?)をいずれ書いてみたいと思います。
もっとも、今回、全貌をすべて見たわけではありませから、とにかくもう一回グラスボートで見たいとは思います。




空は鉛色。船はぶるぶる震えています。
焦点が合うようなきれいな写真は撮れませんでしたが、
それでも窓から見上げると、ダイビング中を思い出す海面のあの感じが。






帰路は再びデッキに戻り、久部良港に戻ります。
窓から見た光景はまだ生々しく記憶に残っています。
良い体験をいたしました。



続く  続きを読む

Posted by gadogadojp at 13:00Comments(0)TrackBack(0)旅行

与那国島紀行〜その2「自衛隊誘致」他

2012年01月22日

⑤与那国島の位置

与那国島は唯一無二、特異な位置にある有人島です。
地図で見る通り、与那国島から石垣島の距離と台湾までの距離はほぼ均等ですから、歴史上の出来事が少しズレていれば、台湾の領土となっていても不思議ではありません。
また、県庁所在地の那覇より中国本土との距離の方がはるかに近いのですから、万一東シナ海や南シナ海に異変があると、真っ先に影響を被る位置です。


旗の印が与那国島、青い押しピンが石垣島、赤い押しピンが魚釣島(尖閣諸島)

より大きな地図で 与那国島の位置 を表示


台湾と石垣島の間には黒潮の本流が流れていますから、まさにそのど真ん中に与那国島があることになります。
海上保安庁の海流図

島の最西端の西崎(いりざき)付近からは、よく晴れた日には111km先の巨大な台湾の横腹がドン、と見えるそうです。
琉球新報に掲載された台湾の写真



西崎(いりざき)


古代、黒潮を横断して航行するのは困難を極めたでしょうが、見える島には渡ってみたくなるのが人類の習性。
台湾と与那国相互の往来は有史以前からあったものと私は考えています。
最近、アジア人類のルーツとして注目を浴びている台湾こそ、原与那国人(ドゥナン人)の故郷であった可能性も捨てきれません。




台北の原住民博物館に展示されていた原住民の模様、レリーフ:いかにも海の民


与那国と台湾の関係は近代になっても深いものがあり、wikiによれば、

1879年の琉球処分と共に日本に帰属する。台湾が日本領になった時代は、台湾住民との間で砂糖や米の密取引が行われるようになり、人口は2万人まで増加した。

なのだそうです。ちなみに現在の島の人口は1600人余。


与那国島の未来は、この台湾との関係を抜きにしては考えられないのではないかと私は思います。
台湾との活発な通行、交流こそが、この島の立地と歴史を生かして行く正しい方向でしょう。
台湾や中国との間に緊張を生んではなりません。
日本国政府、沖縄県、そして与那国町には、
そのための「特区」設定を強く望みます。

西崎に行ってみても、台湾遠望の写真パネル一枚すら見当たりませんでした。
今後も何度か書きますが、町に(住民)に、観光客を呼び込もうとする意欲やアイデアが感じられないのが残念です。
(ケバケバしい観光地を望んでいるのではありません。念のため。)


なお、上記琉球新報の記事にもありましたが、台湾までと同じような距離なので、西表島が見える日もあるといいます。
東崎(あがりざき)や立神岩付近が眺望ポイントと聞きました。
ただし西表島の山は高くないので、台湾よりも見える頻度は低いそうです。
また、同じ八重山ですから、石垣島、西表島との交通はさらに便利になる必要がありますが、
これはやはり島への旅客需要の喚起が先決問題でしょう。

繰り返しますが、特異な立地を生かしてこの与那国島が「発展」するためには、
必ず台湾がカギにならざるを得ません。



立神岩










⑥自衛隊問題

島を訪問した観光客が必ず目にするのは、
「自衛隊誘致反対」と「自衛隊配備賛成」の真逆の横断幕。
島の住民の意見が二分されているホットな問題であることが、否が応でもわかります。

大原則としての議論、討論の重要性を私は信じていますが、
今日の日本各地の政治状況が、<上から>の押しつけとこれに<下から>反撥する地元民という構図から脱し切れていないことは言うまでもなく、
民主主義の基本にたった対等な議論が行われているとは見ておりませんから、
ここ与那国だけで真っ当な討論が実現できているとは毛頭考えられません。
だとすると、<上から>の提案には、内地や本島で普通に見られるように、利権がからんでいることは容易に想像がつくことです。
いえ、ここ日本は資本主義経済の国家ですから、利益追求を悪と考えては何も成り立たないのですが、
ごく一部の人々の利益を公的な政策として押し付けるなら、それは利権として批難されるべき悪徳になります。

端的に申せば、自衛隊を誘致することはこの与那国島全体の未来の幸せに直結するのかどうか、
その議論を島民全体で対等な立場で行われているかどうか、ということです。
それがどうしても必要ですし、
それを私は疑っている、ということです。

私個人は日本の再軍備や日米軍事同盟は日本全体の未来の幸福を阻害するものと考え、断固反対の立場をとっていますが、
それは日本人全員で決めるべきこと。
また、この海域における中国の跳梁跋扈を本気で危険視するなら、与那国島に少数自衛隊員を駐屯させることにどんな利点も見いだせません。
がまあ、言ってみればそれは国策の範疇。
現状は自衛隊が存在し、日米安全保障条約が有効なのですから、
自衛隊誘致の是非を、上記の条件が守られた上で島民が決議するなら、
それはそれで尊重するしかないと考えています。




2000mの滑走路を持つ与那国空港


ただし、私の心配を二点述べさせていただきます。

八重山日報2011年11月22日付の記事によりますと、
与那国町長外間守吉氏(自衛隊誘致推進派)の発言が下記の通り紹介されています。

「中国への抑止力うんぬんは関係ない。人口の減少に歯止めを掛けたい。(その手段)たまたま自衛隊だった」と繰り返す…(以下略)

つまり、日本国全体の防衛に関する問題意識ではなく、与那国島の過疎化対策としての政策だと述べているのです。
地方自治体の首長として納得できる面があると同時に、自衛隊の10人なり100人なりを招くことが島の活性化を生むとはとても信じ難い発想であるとも思います。
過疎化対策であれば、島自体が(観光も含め)価値を創造するしかないことは自明ではありませんか?
その結果、島の産業に需要(雇用)を生み出すしか道はありません。
自衛隊員が島の物産を大量消費(地産地消)すると考えているなら、それはあまりに能天気過ぎます。
軍は経済活動の鬼っ子です。何らの生産を行わないのですから。

一方で、反対住民にも申し上げたいことがあります。
先に書いた通り、島民は対等の立場で議論し、島の未来を作り上げていかなければなりません。
しかしその努力は十分でしたか?
行政の指導力や本島、内地による振興策(Dr.コトーを含め)に期待しすぎた側面はありませんでしたか?

とはいえ、私はただのよそ者で、島の皆さんの活動ぶりの断片しかわかっておりません。
現に「イソバの会」の活動をブログ上で閲覧し、また、島の特産物などを島外にPR、販売しようとされているいくつかの動きを知ると、
自衛隊に頼らずに島の未来を作っていこうとされていることがわかり、心強く思います。
上の文章が非礼であればお許しください。




琉球による支配をはねつけた伝説を持つ女傑イソバが依拠したというティンダハナタ

聞く所によりますと、沖縄が日本に「復帰」する前後、
内地資本による与那国島の土地の買収工作が活発化したおり、
島民はこぞってこれに反対し、排除したそうですね。
一見国策のように見える政府の与那国への自衛隊配備は、
政府民主党=防衛省のアリバイ工作に過ぎず、
沖縄や与那国の未来を見通した政策でないと私は考えています。
そうであれば、1970年代と同じ対応をなさることを期待します。

なお、私たちよそ者の観光客は、有事の際に真っ先に艦砲やミサイルを打ち込まれる島に旅したくありません、とだけ宣言させていただきます。












  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)旅行

与那国島紀行〜その1「どなんに行きましょう」

2012年01月21日



東崎(アガリザキ)


①初めに

2011年12月25日、与那国島を初めて訪問しました。

与那国に行きたいと思いついたのはもう7〜8年前になります。
TVのDr.コトーではなく、海底遺跡の写真を見たことがきっかけでした。
今回ようやく訪問できることになって、島に関する多少の予習はしたのですが、
やはり脳内関心の大部分は海底遺跡に占められていました。

実際に足を踏み入れてみると、海底遺跡だけでなく、
島全体になんとも魅力に溢れた空気が充満していて、
その磁力は私をとらえました。

帰宅して、ようやく島の歴史、伝承、歌など民俗全体を本気で学びたくなったところです。
「まず行ってみよう」というのが私のいつもの行動ですので仕方ないのですが、
与那国島理解はまだこれから、と言い訳を述べておきます。
ここでは生半可な考察はやめ、現時点での疑問を投げかけながら、
なるべく観光客の視点を大切にして、与那国島を紹介して行きたいと思います。





RAC:琉球エアコミューター


②与那国に行くには

日本国の領土の最西端に位置する孤島与那国島に行くには、
(2012.1現在)

航空機なら、石垣空港からRACが毎日1便(30分)
      那覇空港からRACが週4便 (80分)   

船舶なら、 石垣港から福山海運のフェリーよなくにが週2便(4時間半)   

それぞれ通じています。これ以外の定期交通はありません。
飛行機は約50人乗り。フェリーは500t弱の小型フェリーですから、それぞれが旅行者だけで満席になったとしても、定期便では一日平均150〜160人程度の観光客を運び込むことしかできない計算になります。

なお、フェリーの片道運賃は3460円。
RACの航空機の往復割引を使って片道7150円。
ですから、料金の差は明らかですが、フェリーの場合、船に強くない方は船酔いに注意すべきでしょう。




祖内の「民宿おもろ」:もちろん『おもろ草子』からの命名


③与那国の宿を決めるには

私が重宝している沖縄情報の総合サイトには、
美ら島物語
離島ドットコム
の二つがあります。

後者に掲載されている与那国の宿の数は、ホテル(一軒)から素泊まり民宿まで含めて全部で36軒。
この中から旅行者の好みや予算、口コミなどを思案して決めることになります。

私は自分自身の趣味嗜好から「民宿おもろ」さんを選びました。
結果的に大正解だったのですが、それは旅人個人個人が何を求めるかによって変わってくること。
ここ与那国にリゾート感を求めて来られる旅行者はいないと思うのですが、
そういう意味で不思議だったホテルが「アイランドリゾート与那国」。
周囲の風景から浮き上がっています。
海が近いわけでもない空港目前の立地に、なぜこのような大きなホテルが?と違和感を覚えました。

調べてみると案の定問題を抱えています。
違法に建てられたホテルであることには間違いが無いようです。
沖縄本島の企業の利権がらみの疑いが濃厚です。
間もなく廃業するのか、あるいは自衛隊宿舎に転用か、など様々な噂がとびかっている模様。
初見で私は西表島の「ニラカナイ・リゾート」を思い出したのですが、これはいい線をついていたようです。

それにしても、②で見たように、旅行者が最大160人/1日とするなら、宿一軒平均の宿泊客は4〜5人となります。連泊客が特定の時期に集中することを勘案するとそう単純には考えられませんが、島内の宿泊施設の経営が楽でないことは十分に想像がつきます。
及ばずながら、まったく及ばずながら、
今後私も少し島の未来のためのアイデアを練りたいと思います。





一輪だけ残っていたアカバナー(ハイビスカス):ハマボウはハイビスカスの仲間です


④与那国という呼び名

前述のように勉強不足のままとりあえずこの島に着いた私です。
この島<よなぐに>の別名が<どなん>だということをおぼろげにわかっていた程度でした。
島で、そして帰宅後、少し調べました。

<どなん>の意味を当て字<渡難>で説明する記述に多数出会いました。
その気持ちは通じるのですが、無理がありすぎると感じました。
時代性からも、命名のセンスからも不自然です。
<土南>説も散見しましたが、なおさら不自然です。
<土根>説も見かけました。これも漢語/漢字に依存する点で納得いきません。


さて私はまず考えました。
琉球/沖縄語の発音で特徴的なことは、内地と母音の発音(あるいは数)が異なることです。
オキナワはウチナー。
厳密には島ごとに異なるようですが、我々内地人が聞くと、おおむねアイウエオがアイウイウと聞こえます。これは島唄でおなじみです。
ならば、ヨナグニはユナグニと発音する(聞こえる)のではないでしょうか。

ユナ、ユナ、ユナ…まさか湯女じゃない、ユナ、ユナ…
楽しく空想していきますと、ユウナに思い当たりました。
ユウナとはハマボウ、オオハマボウ、サキシマハマボウ、そのいずれかの沖縄での呼び名。

秋篠宮家第二女子・佳子内親王の「お印」のオオハマボウ?
散る頃には夕焼けのように赤く染まるユウナ?



     オオハマボウ:wikiより


そこで「与那国 ゆうな」でネット検索をしてみますと、
沖縄・与那国島サトウキビ刈り援農隊(援農舎)の「ゆうな通信」の中に、このような文章がありました。全文引用させていただきます。


「どなん」の語源
 与那国島のことを地元の人は「どなん」あるいは「どなんつぃま」と呼んでいる。その語源について池間栄三著「与那国の歴史」は、いろいろの説があるとしながらも、もっとも有力なものとして次のように書いている。
 今日、最も有力な説は、「ゆうな」の木にヒントを得たものである。「ゆうな」は琉球諸島の至る所の海岸に自生している喬木である(学名オオハマボウ)。琉球の地名の与那原、与那嶺、与那城は「ゆうな」に関連して名付けられたものと思われる。与那国島にも与那原、与那元などの姓があるが、地元ではこれを「どなんばら」「どうなむた」と言っている。ことに与那国島の旧邑であった「どうなんばら」邑の根所は、現に「どうなんばら」家の拝所になっている。この「どうなんばら」も与那原と書く。
 近くの石垣島では、与那国を「ゆのおん」と言っている。その「ゆのおん」は「ゆうな・ふん」の転訛であるといわれ、「ふん」は組を意味する言葉であるから、「ゆのおん」は「ゆうな」の群生を意味するものであると言われている。与那国島の方言には濁音が多いから、「ゆ」が「どう」の発音となって、「ゆうな」が「どうな」になった訳である



私の推測が当たっていたかもしれません。でも、この文章を良く読むと、これは意外にも、ドナンという名それ自体、ユウナからの転訛とも読み取れます。ええっ?と驚く私。
YがDの発音に?

そこでさらに検索を加えていきますと、ありましたありました。
ウチナーグチ(沖縄語)の範疇の中でも与那国言葉の特徴として、ヤ行がダ行に変化していると書かれてあります!
ならば、ユウナ→ドゥナ(ン)と発音されてもおかしくないことになります。
出典:wiki「与那国方言」
出典:wiki与那国方言会話集

なんだ、そうだったのかあ。
でも、どうして与那国島の各種紹介文にはこの説明がなかったのだろう?
定説とはいえなくても、私には十分納得のいく説明が得られました。
同時に、沖縄全体として地名や人名によく見かける<与那>の文字は、美しいユウナの花が語源であった可能性を知り、嬉しい気持ちで一杯です。






さて、<与那国>の呼称ででもう一つ謎が残っています。
上記「民宿 おもろ」の女将がいみじくもおっしゃいました。
『ヨナグニは国ですから』と。

そうですよね、この島は与那島ではなく、与那国島なんです。
南西諸島で他に国がつく島と言うと、私には粟国島しか思い当たりません。
歴史の中に答えが見つかるかもしれません。
もちろんこの<国>は漢字で考えるべきでないのかもしれず、
<クニ>に近い発音のウチーナーグチの転訛である可能性も十分にあります。

でも本日の所はこの疑問を投げかけるだけにとどめ、
今後の宿題にして考えていきたいと思います。





久部良岳

         以下、次号に続きます。  

Posted by gadogadojp at 21:30Comments(0)TrackBack(0)旅行

民宿おもろ:与那国島

2012年01月20日



天候の良くない三日間でしたが、私は平気


与那国島の「民宿 おもろ」
いい宿、いえ好きな宿とまた出会うことができました。

昨今では、宿の利用者による率直な評価(レビュー)はネット上で簡単に見ることができますから、
私はここでは少しまわりくどい紹介をしてみたいと思います。

与那国島の主な集落は三カ所。
海底遺跡探索の拠点久部良(くぶら)、コトー診療所の建つ比川(ひかわ)、
そしてもっとも人口の多い祖納(そない)。
「民宿おもろ」は、この祖内集落の県道沿い、たいへんわかりやすい位置にあります。
昨年末、私たちは初めての与那国の旅の宿にこの民宿を選びました。






私はこれまでたくさんの民宿に泊まってきました。
ウィンタースポーツに関心の無い私は、
山や高原では温泉旅館に泊まることが多く、
民宿といえば海辺のイメージがあります。

周囲に漂う海の空気に、室内にいても隔てられることなく曝され、
質朴でも心のこもった手料理をいただいて、
無事一夜を過ごせれば、
次の日もまたすっきりと海を眺めることができます。

今回の津波で大きな被害を受けたはずの三陸海岸沿いの民宿には
とりわけ若い日の温かい思い出が詰まっていますが、
最近では民宿を利用するのはほぼ沖縄の海近くだけになりました。




広い共有スペース=食堂はベンチ式で足を伸ばせるから私は嬉しい。奥にはDr.コトーの衣装が


どなたもご存知のように、
民宿の魅力、あるいは魔力の有無は、
その宿の家族の醸し出す個性が自分に合うかどうかで決まるのですが、
内地の民宿はおしなべて垢抜けし、
(例外はもちろんありますが)言い換えれば生命力を失いました。
その吸引力が残る宿はむしろやや高価な<小宿>と呼ぶべき存在に変身してきているからです。






沖縄の民宿独特の「ゆんたく」は宿泊客相互の交流をも促すもので、
これは小宿では体験できず、それはそれで楽しいのですが、
別に無ければ無いで旅の歓びを損ないません。
私の場合一人で、あるいは連れとだけで感じる旅の楽しさはありあまるほど手に入りますから。
民宿に泊まる私の最大の心地よさは、
宿の主人とそのご家族が作り上げるその宿の個性を楽しむことにあります。




たいへん珍しい土間廊下造り


また、ハード面では、
部屋の造りは多少なりとも独立感があり、
共用スペースは気楽に座り込めるだけの余裕がある〜
そういう宿が一番好きです。
建物の古さや部屋の狭さは、民宿ですから何の問題にもなりません。
ただ、人をもてなす稼業である限り、最低限の清潔さだけは求めますが。




板張りの部屋は居心地が良い。上部の隙間はガラス?でふさがれていました。もちろん会話は筒抜けでしょうが、ここは民宿。この気配りで十分では?


私がここまで縷々のべて来たことは私の認識と私の好みに過ぎませんが、
同じような嗜好の持ち主なら、
この「民宿おもろ」は申し分の無い宿になるはずです。
ただ一点、宿とその主人の個性があなたに合うかどうか、
その(重要な)要素を除いては。
そのためのヒントをさしあげましょうね。




シイラのカルパッチョ


私たちがお世話になったのはクリスマス当日。
空港に迎えに来てくださった女将の<まーちゃん>は、
『(クリスマスに与那国に来られる)お二人は新婚ですか?』
と車中でいきなり質問なさったのには心の中で吹きました。
『いいえ旧婚です(笑)』と妻が答えましたが、
私はこの瞬間、この宿に決めた甲斐があったと喜びました。
好奇心を率直に表してくださるのは何とも有り難いことです。

他に客のいない夜が二日間続きました。
最初の晩に
『食事はどうします?
(さびしいなら)他の店で食べてこられてもいいですよ。』
とさぐってくれます。




シイラの刺身


一晩目の食事にシイラのカルパッチョが運ばれ、妻が大層気に入りました。
二晩目の食卓にシイラの刺身が並びました。
『奥さんがはまられたとおっしゃるから』。

ヨナグニウマの乗馬体験をしきりに勧めます。
病気からの回復途上の妻にどうかな、と考えていると『癒されますよ』

海底遺跡や人面岩の話題になり、さて人工物かどうか心の中で思案していると
『何か感じるかどうか試してください』

島唐辛子をどこで買おうか思案中の私に『ここで買ってください』

『沖縄の食べ物に馴染んでおられるから』と運ばれたのは、この島の米味噌(白みそ)の汁。麹の香りがプンとした甘めの優しい味。これはなるほど食べたことがありません。寒い(笑)与那国の12月には何よりのごちそうです。




左奥は島唐辛子。美味い。






パパイヤチャンプルー:女将の料理の腕の良さがわかります。


たった二晩、短い会話を交わした方の人柄を、
すっかりわかったように判断するのは不遜だと私は思います。
ただこの宿の女将<まーちゃん>からは、
客の人柄や嗜好を理解してもてなしてあげようという心映えを感じたことだけは確かです。
そして客がどのような好みを持っていても察知できる繊細なアンテナを備え、
これに対応しても崩れない頑強な我をお持ちであることが感じ取れました。

宿泊客で賑わう夜なら夜で、
女将のパワーは客全員に向けて全開になる予感がします。
きっと人間がお好きなんでしょう。







さあ、どうですか。
この民宿に泊まりたくなりましたか。
それとも敬遠したくなりましたか。

私たちは、
きっと次回もこの宿を予約します。

鼻歌歌いながら料理される女将に会いに。


民宿おもろHP
女将の通販サイトゆいどぅい
  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)宿/ホテル

久米の玉名覇ウシ商店:あかばしそば

2012年01月15日





今回の沖縄行きはJAL利用。
那覇到着は12:30頃でしたので、もはや空腹です。

ターンテーブルから荷物を受け取って、すばやくタクシーに乗り込み、今夜の宿「旅の宿らくちん」にチェックイン。
荷物を置いたら急いでランチにでかけました。
目的地は宿から10分ほどの距離にある「玉名覇ウシ商店」。
沖縄そばの店です。

店の説明は、一年前の記事に詳しく書きましたので繰り返しませんが、
宿から近いので何かと助かります。



沖縄そば

三回目の訪問となると、店のシステムに慣れてきました。
ぶらさがっている食券を選んでカウンターに差し出し、料金を前払いします。
後は運ばれてくるのを待つだけです。




ソーキそば

味が深いとは申しませんが、ほろほろと良い感じに柔らかく煮込まれたソーキ、
歯ごたえのある麺、
バランスの良い出汁は健在です。






この店には初めてらしいグループ客が訪れました。
どうして注文すれば良いのか少しとまどっています。
こういう時、私は自分のお節介心をセーブしなければなりません。
迷うのも旅の楽しみですものね。
それにしても、たった三回来ただけで、先輩面している私の心に少し辟易としたことでした。





なんとも可愛い郵便受け  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

玩具ロードワークス

2012年01月15日






豊永盛人さん主宰の「玩具ロードワークス」は、昨年2月、
首里から那覇牧志に引っ越されましたが、
私たちは今回初めて訪問することができました。
住所は牧志ですが、ややわかりにくい横道沿いにあります。
桜坂を下って左、と理解した方が私にはわかりやすい位置です。










首里の店に立ち寄るたびに、一つ、二つと買い求めた張り子やカルタ等も、もうずいぶん増えてきました。
いずれ全員を紹介したいと思っています。

今回もクリスマスプレゼントを買おうなど考えて立ち寄ったのですが、
あいにく豊永さんは不在。
店も閉まっていましたので、近所の工房スタッフの方に開けていただきました。






店内には自家製クリスマスツリーが飾られて、楽しい。






ジュリの張り子を買いました。
ジュリといえば比嘉慂さんの 漫画「美童物語」「吉屋チルー」を思い出します。
悲しい物語もありますが、
女たちだけ、自分たちの力で毅然と暮らしていた人々でもあります。
このジュリもとってもべっぴんさん。
自宅に連れ帰った時、他の張り子人形たちがざわざわっとしたと思ったのは気のせいでしょうか(笑)







湯呑みも買いました。
ついに焼き物にまで手を出されましたね。
図柄は「こぶとりじいさん」のようですが、
おじいさんのこぶを取ったのは、天狗。
あれ?鬼ではないの?と妻の指摘。
ほんとだ。

でも今日、念のためググってみると、
遠野の和賀郡で採取された説話では天狗だったそうだ。
他の地域にも天狗が登場する場合があるのかもしれませんね。







この茶碗は、私が職場で使おうと思っているのですが、
もったいなくて、まだそのままにしてあります。



  

Posted by gadogadojp at 12:30Comments(0)TrackBack(0)アート

てだこ亭:クリスマスイブと思い出と

2012年01月14日





クリスマスに恒例のてだこ亭チキンをいただきました。
ただ、24日(イブ)には初めての訪問です。
今年はカレンダーが、早く沖縄へ行け!と誘ってくれましたから。

昨年の夏には沖縄に行けませんでした。
定年退職祝いにバリ島で贅沢三昧をしてしまったからです。






というわけで、クリスマスチキンをいただいた次のてだこ亭食事でもまたクリスマスチキンを食べることになってしまいました。
いえ、後述のように、チキンはとてもとても美味しいのですが、
他の料理も食べたいッ、というのもまた本音です。







てだこ亭に初めてうかがったのは2004年。
やはりクリスマスの12月25日。
このときはランチでした。
まだブログを始めておらず、料理写真はありません。
翌年結婚することになる彼女に案内されて訪れました。
もっとも、彼女はその前年に友人と店まで行ったものの、
お休みで諦めていたので、
二人ともこの年が最初のてだ食事になりました。

その年はミーバイのアクアパッツアを注文して舌鼓を打ちましたが、
一回目には私はこの店の真価が十分にわかっていませんでした。
心の社交扉の蝶番が錆び付いていた私は、
「てだシェフのお部屋」に招かれてさあどうぞ、と手作り料理をいただいても、
すぐに店の空気と打ち解けることができなかったからだと思います。
それほどこの店はシェフ飯塚みどりさんの色彩に溢れた個性的な店でしたから。






結婚後、妻とともに沖縄に十数回旅しました。
沖縄のおかげなのか、妻のおかげなのか、
蝶番には油が十分に注がれて、
ヘンコな私にも「てだこ亭」を受け容れることのできる扉が開きました。
しかし、これが他の店だったらどうでしょうか。

店の常連になって名前のみならず好みまで知られ、
心地よい時間を過ごすような客になることを嫌がっていた私が、
ようやくオトナになれたということでしょうが、
それは「てだこ亭」でなければ叶わなかったか、
あるいはもっともっと遅くなったかと自分を分析しています。






今年からチキンの仕入れ先が変更されたとのこと。
昨年よりわずかに淡白に感じましたが、
それはそのことと関わりがあるかはわかりません。

相変わらず鶏のイヤな臭みが微塵も感じられず、
腹の詰め物に染み込んだ鶏肉の脂や旨味まで味わい尽くさずにおくものか、
と可笑しいほど熱心に取り組んでしまう私たちでした。

つけあわせの野菜をことしは少しチェンジしてくださいましたが、
ジャガイモもブロッコリーも美味すぎて、
腹一杯になっても残すわけにはいきません(笑)

下の写真はシェフご自慢のチーズたち。
五種盛りでオーダーしました。
我が家ではとてもとても無理な良い保管。






てだシェフに沖縄のクリスマスの様子をうかがってみました。
ナイチャーの彼女が沖縄でレストランを始めた頃の那覇は、
ケンタッキーチキンを買って自宅でクリスマス、
これが定番だったようです。
そこでてだシェフは店でチキンを焼くようになったとのこと。
今でもその頃からの地元客が買いに来てくださる、と。

大量のチキン丸焼きをローストし続ける作業はきっとたいへんなのでしょうが、
待つ客がいる限り、焼き続けられるのでしょうか。








てだこ亭の過去記事は、このブログ左辺のタグの中から「てだこ亭」をクリックしてお入りください。
店のホームページはこちらです。  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

アッシュ:イグレックグループの旗艦フレンチ

2012年01月11日







昨年末の北野ホテル宿泊の際も、
メインダイニング「アッシュ」で食事をとりました。






HPの改訂が遅れているとかで、
10月に入ってもネット上からホテル予約ができず、
早く予定を確定したいわたしたちは、
初めて楽天トラベルを通じて12月の予約をとったのでした。






いつもとは違うプラン名ですので、
料金は例年より安くなり、
記念品をもらえる特典はありましたが、
料理の品数は少なく設定されていました。






いえ、皿の数の少なさがさびしかったわけではなく、
体調が今ひとつだった私にはちょうど良い分量でしたし、
美味しく美しく「水のフレンチ」をいただきました。
適切なサービスと共に。






ただ、
記念日用のワインが選べる、というふれこみでしたが、
それを尋ねてはもらえませんでした。
結果的にぴったりのワインが運ばれてきたので、嬉しい思いをしましたし、
そのことをめぐってスタッフと楽しく会話ができましたから、
この店を贔屓にしている私たちにとっては、
例年通りすてきなディナーになったのでした。






しかしながら、
これまでは暗示するだけでにとどめていた「アッシュ」の、
というより「北野ホテル」、
いえイグレックグループ全体への不安を、
今日ははっきり書こうと思います。






イグレックは山口のy (i ɡʁɛk)
アッシュは浩のh (aʃ)

いささかくどくありませんか?
今は亡き中内功氏の名をとった「Kou's」という会員制ディスカウントショップと同じ危うさを感じませんか。







平成12年に営業を再開したオーベルジュ「北野ホテル」。
その再開の経緯と当時の資本母体は下記のサイトでわかります。
近鉄不動産株式会社
しかし、資本がどうであれ、
「北野ホテル」のプロデューサーシェフとして、あるいは総支配人としての山口浩氏のセンスで運営が行われていることは明らかです。

山口氏はH.Y.IGREK GROUPの代表取締役でもあります。
WEB上、グループの様々なページを見るにつけ、山口氏の名が至る所に冠せられています。
つまり、これらはすべて山口ブランドということであり、
これは言い換えれば、山口氏の発想が飽きられた場合、
グループ企業が皆コケルということを意味します。






私は「アッシュ」で供される「水のフレンチ」料理が好きです。
「北野ホテル」の風情が好きです。
温かいサービス・ハートも好きです。

ですからもう7年にわたって(年に一回だけですが)宿泊し、
「アッシュ」で夕食をいただき、
「イグレック」で朝食を楽しんでいます。






他の系列レストランで食事をとったのも四店舗にのぼりますが、
東京にも二店舗(「イグレック丸の内」「レ・ジャルダン」)を展開される勢いを見て、
上記の危惧を覚えざるを得ません。






果たしてある一人の人物がプロデュースする高級レストランが、
その人物をブランド化しながら、
飽きられずに複数存続していけるものでしょうか。

y.h.氏ブランドの露出は限界では?






ましてホテルを含め、どの店にも共通するサービス(ホスピタリティ)の詰めの甘さが一向に消えないことは、これまでも指摘してきました。
これではリピート率が減ります。






スタッフによって大きなサービス格差があり、
部署間、スタッフ間、WEBと現場との連携が不十分なことは今回の利用からも感じました。
人材の養成とサービスを保管するシステムが、業務の拡大に追いついていないことは明白です。
従業員を忙しく働かせ過ぎていませんか?
いえ、従業員間のコミュニケーションは十分ですか?
h.y.氏のマネジメントが不足では?






ここが好きだし、思い入れのある私たちには笑って許せる小さなミス。
しかし、それを大きな不満だと受けとめる人を私は笑いません。
食事や宿泊に何万円も使う機会は、私たち普通の人間の感覚ではハレの日に決まっているのですから。


  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

北野ホテル〜2011.12

2012年01月09日





この冬も、12月に「北野ホテル」に宿泊しました。
私たちの結婚式はン年前、
妻の出身校関西学院大学のチャペル。
12月の寒い日でした。

親族だけの晩餐は宝塚のイタリアン「アモーレ・アベーラ」。
泊まったのがここ「北野ホテル」。

というわけで、いわば結婚式を記念しての年に一度の贅沢です。

フレンチレストラン「アッシュ」でのディナーと、
「イグレック」での『世界一の朝食』に出費がかさみます。
また、さほど眺望が効くホテルではありませんし、
部屋はどれも(狭いけれど)可愛いので、
部屋のランクにはこだわっていません。






というわけで、部屋選定はホテルに任せますから、
いつも違う部屋に泊まることになります。






今回は三階北西角の部屋になりました。
嬉しいことに小さなテラスが付属していて、北側には少しばかり山が見えます。
西の窓からは,
異人館を利用した美しい「東天閣」が見えるのもありがたいところ。







さてこの後は例年と変わり映えしませんが、
クリスマス前の「北野ホテル」の点描を少々。














室内写真も少しばかり。











やはり小さな宿/ホテルが好きです。
来年も泊まれるかな。







北野ホテル系過去記事索引  

Posted by gadogadojp at 19:00Comments(2)TrackBack(0)宿/ホテル

お店いろいろ:特別編6

2012年01月07日

すでに記事にした店をちょこっと紹介する特別編です。
住所その他の情報は、過去ログを御参照ください。


「山の家おいし」和歌山生石山

生石山山頂付近の「山の家おいし」では、
「ガネーシュ」製の
スパイシーなカレーと濃厚で至上のチャイが山の上でいただけます。

先日訪問した時に、家族連れのご夫婦が厨房を覗き、
「あかんあかん、こんなふうに作ってた」と、
レトルパックを鍋にあける仕草をしていました。
「この値段なのに?」
などと話していました。

お客さんお客さん、あれはね、
著名なガネーシュのカレーが冷凍パックで届いているんです。
和歌山の良質な食材を使って作っている地元の店なんですよ、
と言おうかと思ったけど、でしゃばるのはやめました。

少しばかり高くつきますが、
山のすがすがしい空気、おおらかな展望に加え、美味しい食べ物。
ありがたいです。

最近は通年営業されているようですが、
山に雪が降るなど、荒天の場合は閉鎖しています。
駐車場はたっぷりありますが、少し歩かねばなりません。


前回記事
「山の家おいし」のHP
「ガネーシュ」のHP通販有り。
「庭先たまご」の過去記事




庭先タマゴのココナツカリー



和歌山産地鶏カリー



チャイ:小さなお菓子付き



「萬寿台(まんじゅだい)」和泉市いぶき野

自宅付近の高レベルの焼き肉屋さん。
「上」でなくても十分。
ただし、品よくガス火、炭火ではありません。
この肉を炭火で焼いたらさぞ美味いだろうなあ。
いつもそう思っています。

萬寿台、と書けばいかにもめでたそう。
マンスデ、と読めば朝鮮半島の有名な丘陵の名ですね。

過去記事、地図付き












「グルマン(洋食厨房petitsグルマン)」和泉中央

この店もおなじみですが、珍しくエビフライを頼んだので、写真を掲載しておきます。
たいへん香ばしい揚げ具合で、尻尾の先までおいしくいただきました。
最近なぜか昔よりエビが食べたくなることが多いgadogadoです。


過去記事








「手打ち蕎麦 繁」和泉市

蕎麦がますます美味しくなってきました。この日も満員です。
サービス面も円滑になってきました。

改めて地図を掲載しておきましょう。
マイナスボタンを活用して位置を確認してください。
駐車場はたっぷり二カ所にありますが、周囲の道路はたいへん狭い生活道路ですから、慎重に。




前回記事











「たけふく」西宮北口

妻と二人で西宮ガーデンズのTOHOシネマズにて『真夜中のカーボーイ』を鑑賞してきました。
妻はこの映画も初めて。
西宮ガーデンズも初めて。
ということは、「たけふく」のカツ丼も初めて。

感想は?
『おいしかった』

相変わらず元気の良いのでおいしそうな空気の漂う良い店ですが、
この日のカツ丼はほんのわずかいつもより温度が下がっていました。
タイミングがちょっとずれたかな。

過去記事はこちら
店の少し西側に駐車場整備されました。ただし数台分。




  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

グーテンタークは甲山ふもとの珈琲店

2012年01月07日





「グーテンターク」という店は甲山の麓の一軒家喫茶店。

仁川上流を眼下に眺めるポジションに建つログハウス風の内装。
緑に包まれた、それはそれは絶好のロケーションを誇ります。
暖炉の炎がちろちろと揺れている様を眺めているだけで
心身ともにほっこりします。





ここで美味しい珈琲をいただけば、さらにほっこり。






柱の太い店の重厚な造りのわけをママさんに尋ねると、
水(仁川の氾濫)がこわいので、
基礎からしっかりさせて建てたとのこと。







甲山(かぶとやま)は西宮市のシンボルとも言える山です。
標高わずか309.2mですが、その愛らしい形はよく目立ち、阪神間の人々に親しまれています。
関西学院大学の芝生広場から見る甲山の美しい姿はよく知られていますね。

私の子供の頃は、トロイデ火山の代表例として地図帳に写真が掲載されていましたが、
最近ではそれが誤りであることがわかりました。

かなり大きな山体を持った火山が、『浸食によりわずかに火口付近の火道周囲のみが塊状に残るに至った』wikipedia




神呪寺(かんのうじ)から眺めた冬の甲山


しかしその成り立ちがどうであれ、私個人にとっても懐かしすぎる山です。

3〜4歳の頃から16歳頃まで、私はここから下った仁川4丁目で暮らしていました。
インドア、アウトドア両刀使いの少年は、しばしば自転車で山を上がり、
「仁川ピクニックセンター」経由で甲山にたどりつき、
自転車を登山口に置いて山頂まで登っていました。

そこから大阪方面の眺めはすばらしく、見とれている内に夕暮れが迫り、
付近をねぐらにしている無数のカラスに睨まれ追い立てをくらったことも何度もありました。
カラスの群れに取り囲まれ、ゾッと背筋が寒くなってあわてて下山したものでした。

「仁川ピクニックセンター」は今は無く、
増殖した住宅と荒れ果てた川原、そして醜いフェンスが残るばかり。






上の写真は、フェンスで閉じられた五ヶ池(ごかいけ)です。
この「グーテンターク」から少し道を登った所にある静かな池です。
元は農業用水池として築造されたと聞きました。
かつてのこの池は仁川ピクニックセンターで遊ぶ際の定番、
貸しボートが営業されていました。
ボート屋のおばちゃんに顔をおぼえてもらった小・中学生の私は、
閑散期に何度か無料でボートに乗せてもらったころがあります。

またこの池は、上ヶ原小学生の同級生Mさんが溺れて亡くなった悲しい思い出の場所でもあります。
休み明けの教室の机に飾られた花と、担任のE先生の涙は今も忘れられません。
今回も合掌してまいりました。

このあたりの過去の賑わいを調査された方のHPがたいへん役に立ちます。いずれ私も、この仁川ピクニックセンター周辺をじっくり再訪問したいと思っています。

その時にもこの「グーテンターク」は格好の拠点となるでしょう。





暖炉の上に飾られた手作りサンタさんは木製


「Guten Tag (グーテン・ターク)」
0798-53-2261
兵庫県西宮市甲山町46
10:00~17:30
木・金定休


  

Posted by gadogadojp at 12:00Comments(0)TrackBack(0)グルメ

道頓堀つぼみ:大阪で京料理

2012年01月07日





失礼だから年数は書かないけれど(笑)、
もう長く私と遊んでくれている「美女」四人組が、
年末の忘年会に誘ってくれました。

店の名は「道頓堀 つぼみ」

場所は大阪道頓堀「たこ梅」のあたりからから少し南に入った所。
週末の夜ですが、人通りは多くありません。
この界隈のしっとりした風情にたたずむしっとりとした京風小料理店、
と書けば雰囲気は伝わるでしょうか。
いつもながら店のチョイスが優れた「お嬢さん」たちです。

なんで「 」つけるのよ、と叱られそうですね。






玄関で靴を脱いで店に入ると、
掘り下げ式のカウンター席があって、その奥が厨房になっています。
京都ですね、このしつらえのコンセプトはやはり。

私たちは個室座敷に通されます。

最初に運ばれて来たのはニ段籠。


























さて、酒が入り、座がにぎやかになりますと、
それぞれのここ数ヶ月の出来事が語られるパターンは昔から同じ。

それでも毎回、暗黙のうちに本日の主役は決まっているようで、
この日は独身Hさんの、最近知り合った男性話から話題はスタート。
彼女たちだけで何度も会っていますから、私が理解できないと見ると、
他のメンバーがわかりやすく途中経過を説明してくれます。








続いて他のメンバーの子育てや趣味、最近のできごとなどが語られ、
それとともに酔いは深まります。

彼女たちは同じ高校の二年生時の同級生どうしですから、
昔話もときおり語られます。
















柚子の蒸し物が運ばれたのが19:30。
スタートからまだ1時間。

ご飯もの(鰻茶漬け)が運ばれたのが20:24。

そして、すっかり出来上がったわたしたちが店を出たのが22時を遥かに超えましたから、
ざっと四時間の長居をしたのでしょう。
お店の皆さん、片付かなくてごめんなさい。

と、謝って、
次の店に向かいました(笑)。






ま、ざっとこんな宴会でしたから、
正直、料理の味覚を吟味するセンサーは機能不全でした。

とはいえ、くりかえしますがしっとり京風のインテリアに包まれ、
京風の料理を大阪でいただくなら、
料金のリーズナブルさも含めて、
なかなか使える店であったとだけはわかります。


この「道頓堀 つぼみ」は、八尾の老舗鰻料理店「うなぎづくし ごかせ川」と縁戚関係にあるとうかがいました。
鰻料理の一品を交えながらカウンターで一人、一杯やるのも良いでしょうね。

ただ、日本酒の品揃えは私の好みではありませんでしたが、
これはまあやむを得ません。
店の料理によく合う酒を今後とも追求していただきたい、と、
それだけを要望しておきます。








「道頓堀 つぼみ」
06-6213-2133
大阪府大阪市中央区道頓堀1-2-12 近松家ビル1F
[月~土]
11:30~14:00
17:00~23:00
無休
駐車場無し  

Posted by gadogadojp at 01:00Comments(0)TrackBack(0)グルメ

雑煮二種

2012年01月05日

みなさん、明けましておめでとうございます。

〜という平凡な新年のご挨拶をするのに、
今年ほど粘りつくような重さを感じる年はありませんでした。

震災、原発事故、津波、台風の被害を
直接には受けなかった私ですからなおさら。

でも、被害が無かった罪の意識を今は振り払い、
前向きに進んで行きたいと思っています。


さてそんな気持ちを込めて、
我が家雑煮二種の写真を紹介させていただきます。

我が家は夫婦の出生地が大きく異なります。

妻は江戸っ子、私は神戸っ子。

そこで雑煮も二種作ります。



まずは元旦に私が作った白みそ雑煮。





出汁は昆布とカツオ。白みそ仕立て。
いつもは昆布が勝っているのですが、今年は珍しく追いガツオしてみました。
具材は、(焼かない)丸餅、こんがり焼いたブリ、大根、金時人参、金ゴボウ、焼き豆腐。
年によっては小芋(里芋)も入れます。
これに菊菜(春菊)をゆがいたもの、そしてゆず皮。

写真に写っている片口には屠蘇。
日本酒に味醂を少し加え、屠蘇散を入れて数時間置きます。
今年は良い屠蘇散が手に入って幸せです。



次に、三日に妻が作ったすまし雑煮。





出汁は昆布とカツオ。
濃口醤油と酒を使ったすまし汁。
具材は、焼いた角形もち、大根、金時人参、手鞠麩(てまりふ)、合鴨。
これに三つ葉。


いずれ劣らぬ美味さですから、
我が家は正月が二度来たようなものです。


雑煮以外では、

妻が毎年リンゴとサツマイモのきんとんを作ります。







私の実家はすでにありませんが、
妻の実家では、次のようなごちそうが待っていて、正月気分が満喫できます。



おせちいろいろ



おせちのお煮しめ



鶏肉と栗



エビのアーモンド揚げ:中華の技法で


さらに、義妹弟が持ち寄ってくれた滋賀県「すし慶」の寿司



奥がサバ、手前がキンメダイ。いずれ別に記事にします。



今年も正月が終わり、明日から仕事です。

皆様に良い年になりますよう、お祈り申します。
  
タグ :雑煮

Posted by gadogadojp at 23:30Comments(2)TrackBack(0)料理

北野ホテルの朝食:2011

2011年12月18日



フルーツジュース1杯と野菜ジュース4種:野菜ジュースはサラダが欲しいという客の要望に応えて始まったそうな。白い陶器には温められたミルクが入っています。




妻が珈琲を注いでいます。これにミルクを合わせてカフェオレ。




パン、フィナンシェなど:この後トースト系のパンが追加され、余りは持ち帰ることができます。といいますか、必ず余りますから、スタッフに声をかけてください。




季節のフルーツ:ちょうど食べごろ




タピオカ・オ・レ:ココナツ風味を感じるのは気のせい?私のお気に入り。




ハム:もっと欲しいといつも思います。




コンフィチュール(ジャム)の数々:年により日により種類は異なります。今年も空にしてしまいました。中央は蜂蜜。スプーンも6本つきます。




バター三色:私はパセリ風味のものが特に好き。左の器にはプルーン。




コンソメスープとゆで卵




卵を専用の器具でヒビを入れ、上部の白身を少しすくってみました。




食卓の全体像:上で紹介できなかった、プルーンやヨーグルトも写っています。



今年も年に一度のぜいたく、北野ホテルに一泊してきました。
そしてもちろん、「世界一の朝食」をいただきました。

過去の北野ホテル関連の記事はこちらを

  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(2)TrackBack(0)宿/ホテル

もえぎ:一杯500円の愉楽

2011年12月18日






私はなぜ大混雑の南京町に行くのか
それは、
時には「和記」さんの焼豚を買いに。
時には「攤販街」さんで刈包を買いに。

そして時には、「もえぎ」さんで濃い〜炭焼き珈琲をいただくために。







行くたびにカップが変わるのも楽しい。
カウンターで珈琲をたてる技を楽しんでもよいし、
窓際の席に座って南京町の雑踏を眺めてぼんやりするのもいい。
私が大好きな静かな空間で、
うまい500円の珈琲を。








「珈琲もえぎ元町店」
078-321-1152
兵庫県神戸市中央区元町通1-3-2 2F
11:00~20:00 (木・金・土) 11:00~21:00
無休
駐車場無し
BGMあり

位置は、「攤販街」さんの斜め向かい=山側の二階。
  続きを読む

Posted by gadogadojp at 08:00Comments(0)TrackBack(0)グルメ

メイファールアンタイレストランではカオソーイが食べられます

2011年12月17日



カオソーイ(ข้าวซอย):店ではカウソーイ/カレーラーメンと呼んでいます。
タイ北部名物のこのスパイシーな揚げ麺料理は、チェンマイで私がはまってしまった食べ物です。
でも日本ではなかなか食べられる店がありません。
だからこれにつられてこの店に来たのでした。
下の写真はメニュー。色調が違うのはご愛嬌。







「メイ ファールアン タイ レストラン」
大阪市営地下鉄北巽駅2番出口から出ると数分の近さにあるタイ・レストランです。

千日前線は紅梅色のラインが入った4両編成のかわいい電車が走っている路線です。
駅の(使える部分の)小ささからもわかるように、ややマイナーな路線です。
一日あたりの利用者数は御堂筋線の約10分の1。
このあたりに縁の無い方は、小路・北巽・南巽などの駅名を聞いてもピンと来ないでしょう。
けれど、この北巽駅から地下鉄なんば駅まではわずか13分。きわめて便利な立地なのです。





私は遥か昔の会社員時代、ここから北へ1.3kmほどの社屋に勤務していた関係上、付近に点在するいわゆる下請けの町工場をよく訪問しました。
また、大好きな生野区のコリアタウンからこれも1~1.5kmくらいの距離であるため、何度も足をのばして探索しました。
ですから、少しは縁のある土地だったのです。
加えて娘が結婚し、この付近に新居を構えましたので、一挙に親近感が持てる地になりました。
先日娘と会うことになりましたので、
気になっていたここ「メイ ファールアン タイ レストラン」で一緒に食事をとることにしたのです。




トードマンクン:エビすりみのフライです。粗目の衣で揚げた熱々をスイートチリソースでいただきます。エビの風味がたまりません。980円。


現代は町工場と住宅が密集するこの付近ですが、
かつては幅200mもの大河であった旧大和川左岸に広がる平野でした。

弥生〜古墳時代前期にかけては低湿地でしたが、人々は工夫の結果この地を水田地帯に変えていきました。
近世になると綿作など商業作物の大産地にもなりました。
そんなわけで、ほぼ完璧に平坦な地形が広がっています。






北巽駅2番出口で長女とおちあい、歩いて数分のこの店に着きました。
店構えを見て、看板の多様さにいささか驚きました、というかとまどいました。
<タイ料理レストラン>なのか、<中国・台湾式整体療術「紅陽堂」>なのか
それとも<占い>なのか、よくわからないのです。
一階の店内にも、それぞれのちらしがところかまわず貼付けてあります。

店内には女性スタッフとマダム、そして厨房にタイ人男性。
どうやらマダムは楊蘭芳さんとおっしゃって、整体や占いの世界では知られた方のようです。
上階の整体エステや占いの客があれば、女性とマダムは階段を上がられるのでしょう。
渾然一体となった空間です。
親切な対応とあいまって、私は一度でこの店のカオスさが好きになりました。
二階には個室もあるようですが、テーブルが数卓しか無い一階で食事をいただくことにします。







店にはお得なランチメニューも用意されていましたが、
この日はちょっとした祝いを兼ねた食事でしたので、
ランチとしてはやや贅沢なアラカルト注文になりました。

総合的に、この店のタイ人?シェフの腕前は、タイ料理の王道を外さぬ確かなものと見受けました。
美味しいタイ料理が食べたい場合、この店を選んで損はないと思います。
エスニック好きな娘もうまそうに食べていました。

ただし、日本の東南アジア料理店の値付けはどこも少し高すぎますが、この店も例外ではありません。
カオソーイが600円ほどで食べられる日本になれば、
タイ料理やインドネシア料理、あるいはベトナム料理が、
日本人の日常の食事としてふつうに選択肢に入るのに、と今日もまた思います。




プーパドポンカリ(カニと卵のカレー風炒め):香り立つ料理。カニがいい味つけ。1400円



パッシーイウ(タイ醤油の焼きビーフン):幅広麺をつるりと。ナンプラーが良い香り。800円


「メイファールアンタイレストラン」
06-4306-1222
大阪府大阪市生野区巽東1-1-23 1F
北巽駅からすぐ
11:00~15:00(L.O)
17:00~11:30(L.O.11:00)
火曜定休


  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

天羽(あもう):泉佐野の美味いうどん

2011年12月16日






「自家製うどん 天羽(あもう)」の麺は。
剛麺でもなく天使のほっぺでもなく、その間の程よい具合が私好み。
初めて立ち寄ったこの店で、
ちょうど好みの固さに打たれ、ちょうど好みの固さにゆがかれて運ばれた生醤油うどんと出会いました。

うどん屋では、
その日その時間によって麺の状態が変わることには慣れっこですので、
ここ「天羽」さんでも次回はまた違う印象を持つかも知れませんが、
だとしても、職場から近いこの店にはこれから何度も訪問するはず〜
そう確信しました。






時刻は11時半。まだ混んでいません。
カウンターに座ります。

ご主人が主に麺、奥様?が主に揚げ物の担当。
今は人手がお一人不足しておられるようです。
ですからメニューが少なくてごめんなさい、と掲示されています。

生醤油うどんスペシャル(780円)を注文しました。
通し茹でゆえ10分以上待ちましたが、うどん屋さんで待つのは大歓迎。

すべてお盆に乗せられて運ばれてきました。
讃岐流のうどんにはおなじみの大きなちく天、それに冷たい温泉卵がついてきます。
そうそう、最初に大根が運ばれてきました。自分ですりおろして待つのです。
讃岐の「小縣家」さんを懐かしく思い出しました。
薬味は刻みネギ、すだちじゃなくてレモン、ごま少々。

醤油は一人前ごとに小分けして運ばれますから、
「はがくれ」さんのように気をつかいません(笑)

う〜ん、いい具合の麺です。
初めはそのままで、次に醤油だけをかけて、次はネギをのせて、とステップを踏んで楽しませていただきました。
醤油は小豆島のそれを思い出させる上品なタイプ。
残り三分の一になってレモンを搾りかけましたが、
え?レモン?〜マイルドです。

卵が浸されたつゆの出汁はよく効いていて、
これなら釜あげ、釜抜き、きつねなども楽しめそうです。


あいにく、あまりカメラ性能の良くないケータイしか持ち合わせていませんでしたので、
うどんが美味しそうに見えないかも知れませんが、
近々もう少し写りの良い写真をアップすることにします。













泉佐野市役所前の道を国道26号に向かってすぐ左手に店があります。
市役所の隣、と言ってもよい位置です。
一車線の路地を入ると、右手にのどかな駐車場があります。









072-442-7501
大阪府泉佐野市市場東2-298-2 吉川ビル1F
[火~金]
11:00~14:00 
17:00~19:30(L.0)ワンマン営業中
[土・日・祝]
11:00~14:00 17:00~20:00(L.O)

売切れ次第終了
月曜日定休  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

2011神戸ルミナリエ

2011年12月12日





今年ももちろん行ってきました、神戸ルミナリエ。
12月10日(土曜日)。
月食が始まる数時間前です。
たいへんな人出でした。

今年は今日12月12日で終了です。

























  

Posted by gadogadojp at 19:57Comments(2)TrackBack(0)できごと

ある日の「夢郷」料理:海外旅行気分で

2011年11月27日

夢郷(ムンシャン)



滋味溢れる水餃子


今日は少し<先輩風>を吹かせます。許してください。

「夢郷」は私がブログを書き始める前からの贔屓の店でしたが、記事にするのははこれで三回目になります。

前回「中国料理は広し」2011.4
前々回「ご近所中華〜『夢郷』でうっとり」2007.7→地図入り

今では食べログに31件ものレビューが掲載される注目店になりました。
(私も今回初めてブログから食べログに掲載してみます)

当初はいつ閉店になるか不安でしたから、ご同慶の至り、と申し上げておきましょう。
けれども、調理人が一人しかいない小規模で個性的な店に、遠くから食べログの点数だけを当てにしてはるばる来られるなら、下調べが不足していると申しあげるしかありません。

ここは中国東北地方の家庭料理を持ち味とした食堂です。
中国の文化は一つではありません。
北京でも四川でも上海でも福建でも広東でもなく、東北地方。
かつての呼称では満州地方の料理です。

私たちは和食の店で仮にハンバーグがメニューに載っていても期待しないですよね。
客の要望でやむなく用意しているだけだ、とわかるからです。
お好み焼き屋さんのゴーヤチャンプルーに期待してはなりません。

同じことがこのようなアイデンティティのはっきりした店には言えます。
「夢郷」はもちろん、同じ地域のやや大箱な東北料理店「稲香村」でも同じことです。

米が栽培できない寒冷な地域の料理を食べに来られて、チャーハンや海鮮の出来映えで店を判断しては店の長所がわかりません。
ここは東北料理を注文すべきなのです。
北部中国では、餃子の皮を厚くして、澱粉を摂取します。(これがまた美味いのですが)
日本風の餃子や上海風の小龍包が中国のスタンダードなのではありません。

堺市は、「残留孤児」やその子、孫、連れ合いの方々がたくさん帰って来られた(受け入れた)町です。
「残留孤児」とは、満州国崩壊の折に置き去りにされた日本人です。
ですから堺市には東北地方の料理を提供する店が何軒もあります。
広東料理を食べたい場合は神戸に行くのと同様、東北料理なら堺へどうぞ、
そういうことです。

東北料理が初めての方は、どうぞ予断を捨てて、素朴な料理を味わってみてください。
メニューから選ぶコツは、聞いたことがない料理名を選ぶのがベターです。
一品ずつのボリュームはいわゆる中国料理のように多くありませんから、
口にあわなくても笑い話で済むかもしれません。

満州族の人々は、いわゆる漢民族とは民族も異なります。
渤海,金朝,後金,清を興した人々に思いを馳せながら、海外旅行気分でぜひおこしください。






黒板メニューをまず見て、ぜひここから一品を



葱油餅:ビールと一緒に食べたいなあ



羊肉串:高梁酒と一緒に食べたいなあ











夢郷中華料理 / 栂・美木多駅光明池駅

  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ

お店いろいろ:第19回

2011年11月26日

料理を十分に味わう暇がなかったり、簡単なものしか食べなかったり、あるいは料理やCPがもう一歩と感じたり…
今の時点では独立した記事にできない「お店いろいろシリーズ」も19回目になりました。



「魚屋船守」:岬町淡輪の魚屋さん

国道26号淡輪中交差点を海に向かいすぐ右手。

営業日 月水金
時間  3:30~6:00
天候によりお休みします
電話(四至本)
072-487-8745
090-3996-4033


と書かれた白い看板が目立つ魚屋さんが気になって、
オープン時刻まで待って魚を買いました。
キトキトの魚が並んでいます。
鱸(すずき)を半身にしてもらって自宅で塩焼き。
いかってはじける切り身を堪能しました。

必ず再訪問したいと思います。













「黒十」(コクトウ):神戸の和食屋さん

年に一回恒例の「いとこ会」。今年はこの店で開きました。
おしゃべりに夢中になってしまうと、料理をしっかり味わうことはできません。
というわけで、お店いろいろシリーズに書くことになってしまいました。
とはいえ、黒を基調にしたモダンな内装とあっさりした和風コース料理は、
一定の水準を保っておられたはずです。
80歳を超えるゲストの叔母もしっかり食べていましたから。

次回、個人的に訪問することがあれば、ご自慢らしい自然薯(じねんじょ)料理をたっぷりいただくことにします。

「コクトウ」という店名を聞いたとき、真っ先に思い浮かべたのは、フランスのジャン・コクトーに因んだ店ではないかということでした。まさか「黒糖」ではないでしょう。
店を出る時にスタッフに尋ねてみると、やはり推察は当たっていました。
詩人、画家、小説家、など多彩なアートの顔を持ち合わせる彼は、食事にも一家言を持っていたと聞きます。
この店は、コクトーのどんな側面を取り入れようとなさっているのでしょうか。
この日の訪問だけでは読めませんでした。
雰囲気だけではなく、読む努力に値する内実があることに期待します。

なお、日本酒の品揃えがもう一歩なのは残念でした。
この店の料理は日本酒に合わせることが最適でしょうから。



078-265-5910
兵庫県神戸市中央区磯上通6-1-9 神戸MKビル 1F
11:30~15:00
17:00~23:00
不定休
駐車場無し
店のHP












「味中華そば」:和歌山市の中華そばやさん

屋台のイメージを残した外見につられて立ち寄ってみました。
ぶらくりちょうと築地通りの交差する場所にある小さな店です。
昼食時を過ぎていたせいか先客は二組。
厨房と接客はお兄さん一人でまかなっています。
座敷の壁面に、戦後間もなくの和歌山の大きな写真がありました。
焼け野原になって更地状態の市街。
1945年7月9日の和歌山大空襲は、死者/行方不明者1424人、被災者113548人を出し、国宝の和歌山城を焼失させました。
ジャニー喜多川さんも被災者の一人です。

おそらくこの「味中華そば」のオーナー、または創業者の方は、この焼け野原から再出発された方なのでしょう。
屋台を引くことから始められたのでしょう。
などと少々感慨にふけっていたら、チャーシューメンが運ばれてきました。

いかにも和歌山らしい豚骨系のラーメンです。それ以上でもそれ以下でもないように思います。
ただ、少し後口が残り過ぎたのが残念です。
卓上の早寿司に化学調味料の味が感じられなかったのが収穫でした。

店の雰囲気は何だか気に入りました。
戦後間もなくの時代に屋台で中華そばをいただく風情が残っているからです。
これには好き嫌いが分かれるでしょうが、
私にはこの内装の意図が好ましく思えました。
夜には店主がおられるのかな?
会ってみたい気がします。



073-423-2646
和歌山県和歌山市元寺町1丁目63
11:00~翌5:00
無休


















「はまーかつ」:和泉中央のカツの店

はま1ではありません、はまあ、と読みます。
マイク・ハマーを思い浮かべるのは私だけではないでしょうが、一回きりの訪問ですので、まだそこまでは尋ねておりません。

和泉中央駅東側の道を1.3kmほど南南西に進むと右手にあります。セブンイレブンより手前です。
ボリューム感のあるランチを提供するカツレストランです。
まったりと調和したやや甘めのデミグラスソースがサクサクのカツ衣にもかけられています。
固い煮込みハンバーグが添えられています。
柚子の香りのみそ汁は、赤出しに近似した風味。

急いで食べたランチなので、自信のある評価はできませんが、
総じてなかなかだと思うのです。
再訪問して独立記事にしたいと思っています。


0725-39-8139
大阪府和泉市はつが野2-3-7
11:00~14:00(L.0) 17:00~20:30(L.0)
水曜日定休

























「レストラン ツジタ(逵田)」:和泉市信太山の洋食屋さん

7〜8年前に鶴山台に住んでいたとき、何度か食事をしたレストランです。
今回ひさしぶりの訪問になりました。
相変わらずハートウォ−ミングな雰囲気の漂う、正しい洋食屋さんです。

ビーフシチューがおいしいのですが、今回はハンバーグランチ。
ぷりりとまとまったハンバーグに深みのあるデミグラス。

地元客に人気で満席状態が多いのと、駐車場が小さいのが私には難点。
でも近いうちに必ずうかがいます。


0725-44-6129
大阪府和泉市幸2-2-39
11:00~21:00
(ランチタイムは11:00~14:30)
月曜日定休







  

Posted by gadogadojp at 18:30Comments(0)TrackBack(0)グルメ